カイシンさん、コメント有難うございました。

>Ten先生、貴重なお話ありがとうございました!
>初公開の話までしていただいてすいません。
>離れた箇所からの操作も、当たり前に使い過ぎてて固定患者獲得になんて考えもしませんでした!ちと反省…

いえいえ、どういたしまして。

こういうことって誰もなかなか教えてくれないですが、技術がある人なら使えますので、参考にしてください。

>私は仙台にいるんですが、こっちは均整のメッカらしく野口整体は名前をチラッとしか聞いたことがなかったんですが、均整と近いんですね!

そうですね。

その昔、戦後の療術禁止令の後、療術師会(正式名称は忘れました)という団体で、全国の療術家が一致団結してまとまっていた時代があったのですが(今もその会は存続していますが規模はかなり小さくなってます。

僕も実は昔誘われた事がありますが、知人に昔会員だったけど辞めちゃったという人がいたので、結局入らずじまいです。)、その頃は(後にちりじりに分裂してしまいますが、)均整の亀井進や野口整体の野口晴哉とか指圧の浪越徳次郎とか血液循環療法の・・誰だっけ?とか、そうそうたるメンバーがいて、お互いに技術を共有していた事があったんですよ。

その大会か何かの集合写真でみんなで一緒に移ってる写真と言うのもどこかで見たことがあります。

整体入門なんかにも書いてある有名なエピソードで、全国の療術家から使える技法を集めてそれを全国の療術家に実際に試してもらって使える方法だけを残して体系化したというのはこの時代の話らしく、かなり共通の技術をベースに持ってるみたいです。

結局、考え方の相違からその後分かれることになるんですが、結構同じような要素をもってますね。

で、そのベースになってるのが、明治から大正、昭和初期に日本に入ってきたオステオパシーとカイロプラクティックとスポンディロセラピーだと言われてます。

このどれを重要視するかと言うのも分かれる要因の一つになったんだと僕は思ってます。

つまり、日本の主要な療術のベースには実はオステオパシーが入ってるって事ですね。

>私の場合、師匠がいろんなのをミックスして独自に発展させた整体法を学んでるのですが、出所がわからない技法が多いんです。
>ウチの師匠は東北オステオパシー会の会長だった米寿の現役治療家なんですが、知らない治療法はないんじゃないのってくらい知識も豊富なんです。
>が、長島茂男級の天才肌系なので、説明聞いてもかなり訳わかんないんですよね(笑)なので、暇みて少しづつ自分でルーツを探ってみようかと思いました!

カイシンさんの先生が米寿でってことは、、もしかしたら昔の古きよき時代の療術の草創期の技術が入ってるのかもしれませんね。だとしたら非常に興味深いです。